君を守る・1



トン、と小気味良い音がして、放った矢が的に当たった。

矢の先には布が巻いてあるから、的に使っている木には刺さらない。
そのままぽとりと下に落ちた。

落ちている矢の数は30本。

僕のななめ後ろに座っていたマーシャさんが、手を叩きながら立ち上がった。
「すごーい!30本全部的中じゃない!うまくなったね、ヨファ!」
マーシャさんは頬を紅潮させて、まるで自分が手槍で10回連続で的に当てたように喜んでいる。
いい人だ。
僕のことを気にかけてくれて、僕が弓の練習をするときはいつもこうして付き合ってくれている。

でも。

マーシャさんは僕のことを自分ではなにも出来ないような子供だと思っている節がある。
こうして僕のことを誉めるときも、「うまいね」「えらいね」「頑張ったね」…

マーシャさんは優しくていい人で、僕もこの人のことがとても好きなはずなのに、練習の時はどうしてもぶっきらぼうになってしまうんだ。

「うまくなったなんて言わないでよ。あたりまえのことだよ。これだけ練習してまだ的を外してるようだったら、ただの能無しだよ。」
そっけなく言い放った僕の言葉に、マーシャさんはしゅんとなってうつむいてしまった。
「そ…そうだよね。ヨファがどれだけ頑張ってるか、私ずっと見てきたのに…ごめんね。」
「・・・・・・・」
僕は黙って弓を右手に持ち替えた。
左の手のひらを開いてみる。
ずいぶん固くなった、10代前半とは思えないような手のひら。
何度も豆をつぶし、皮も剥けた。
でも、痛いなんて思わなかった。
手の痛みなんて小さなことだと思った。
僕はただ、もっともっと練習して、もっともっと強くならなくてはいけなかったんだ。

「ねえ…」

マーシャさんが小さい声で呟いた。

「ごめんね。私、無神経なのかなぁ?…もしかしなくても、ヨファ、私のこと嫌いだった?」

ぼんやりと手を見ていた僕はその言葉に現実に引き戻された。
顔を上げてマーシャさんを見る。

「ち、ちがうよ、そんな、僕…」
マーシャさんのことを嫌いだなんて、と言おうと思った。
その時。

聞こえてきたんだ。
僕の、とてもとても大好きな声。

僕はマーシャさんの腕をひっぱって、すぐそばの建物の陰まで急いだ。
「なに?どうしたの?」
僕は答えず、ただ指を自分の口に当てた。
マーシャさんはすぐに黙った。

二人分の足音と、僕の好きな声が近付いてくる。
「ですから!一人で訓練は危ないって言ってるんですよ!」
ひとつの足音はとても軽く、早歩き…というか、やや小走りだ。
「ははは、心配性だな、キルロイは!何も危険などない!俺は騎士だからな!」
もうひとつの足音は重く、そのわりには軽快だ。ガチャガチャと鎧がリズミカルな音を立てている。

…あの男、またわけのわからない寝言を。
それに歩く早さに気をつけろ。
キルロイさんは体が弱いんだから走らせるな。
僕だったらもっとキルロイさんに気を使うのに。
僕だったら…
僕だったら…

考えている間に、足音と声は遠くなっていった。
そっと建物の影から顔を出してみたが、二人の姿はもう見えない。

僕の練習用の的と矢は、そのままそこに落ちていた。
でも、キルロイさんの目には入らなかったのだろう。

案外、僕がそこに立っていても、僕がいることに気付かなかったのかもしれない。
あの男についていくことに一生懸命になりすぎて。

キルロイさんは今からあの男の斧の訓練を見に行くんだ。
僕がこうして、強くなりたいと弓を練習しているときに、あの男と二人きりで。

「ヨファ…」
マーシャさんが少し悲しげな顔をして僕を見ていた。
マーシャさんは僕がキルロイさんのことを好きなことを、うすうす気付いているようだ。
そして、僕がなんのために強くなりたがっているのかも。
「ごめんね、練習に付き合うのが私じゃなくって、ほんとは…」
「ちがうよ。そんなことないよ。」
僕はこわばる顔で、無理をして笑った。
「僕が、それを望んだんだ。」

最初に言ったのは僕なんだ。練習しているところは絶対見ないでって。

僕はキルロイさんに出会う前は本当に子供で。
マーシャさんが考えたようになにもひとりでできなくて。
守られることがあたりまえで、二人の兄が仕事で出かけてしまったと言ってはメソメソと泣いていた。

そんな僕がキルロイさんに出会って、心から強くなりたいと思った。
でも、僕は弱かった。
子供だった。
一から習い始めた弓を射る姿は、それは無様だった。
一生懸命であれば一生懸命であるほど、格好悪かった。

そんな姿を、見られたくなかったんだ。

「強い僕」を見て欲しかった。
練習なんてしてないそぶりで、僕は最初からこんなに弓が得意なんだ、なんて。
えらいね、頑張ったね、なんて言われるより、頼れる強い男として見られたかった。

なのに。

今になってキルロイさんと訓練をするあの男を、羨ましいと思うなんて。

「…ヨファは、もう充分強いよ。」
おそるおそる、といった感じで、マーシャさんが口を開いた。
「練習じゃなくってさ。本番で見せちゃおうよ、ヨファはこんなにすごいんです〜!って!」
マーシャさんはこぶしを握って力説した。
「キルロイさんもびっくりするよ、ヨファはこんなに強いのかって。頼りになるなぁ、かっこいいなぁって思うよ、きっと。」
「そうかな?」
マーシャさんは余計なことを言って自滅するタイプだな、と、そこがこの人のいいところだと思って僕はくすっと笑った。
「僕は強くなった?僕の大事な人を守れるくらいに?」
僕が笑ったことで、マーシャさんも元気づいたように、ぱぁっと顔を輝かせた。
「もちろんよ!私が勝手に保証してあげる!」
それから少しおどけてみせる。
「私もヨファに守ってもらおうかな?…キルロイさんのついででいいから。」
「もちろんいいよ。僕はマーシャさんのことも大好きだもん!」
マーシャさんがびっくりした顔をした。
僕はなにか変なことを言っただろうか。

ああ。
そうか。

僕がマーシャさんに「好き」って言ったのは初めてなんだ。
子ども扱いされるのが苦手で、いつもそっけなくしていたから。

でもマーシャさんはいつも僕のことを気にかけてくれ、一緒にいてくれた。

こうして僕が落ち込んだときも、元気付けてくれようとする。

なんだか今ごろのように気付いた。
この人の存在がどれくらいありがたかったかということ。
「マーシャさんも僕が守るよ。…いつもそばにいてくれてありがとう。」
「…!ううん、私こそ!ありがとう、私もヨファのこと大好き!」

それから、二人して笑った。
マーシャさんとこんなに笑うのは初めてだった。

僕は落ちていた矢を拾って、もう一度練習にもどった。

僕は強くならなければならない。

今日は大切な人が一人増えた。

守れるように。
僕がこの弓で守れるように。

強くなる。
もっと。

もっと。


END



ヨファ×マーシャの支援Aを捏造した感じがなぁ…?
好き好き言うとりますが、ヨファとマーシャの「好き」は友情です。



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