いいひと/わるいひと<後>


「シノン……。もしかして、何か僕たちに言えない事情があるのか……?誰かを庇っているとか……大切な人を人質にされていて、それで仕方なく……とか……」

再会したしょっぱなからこんな言葉を聞かされて、シノンはくらりと眩暈を覚えた。

グレイル傭兵団を辞めてから、流れ流れて、今ではデイン軍に雇われている。
さっそく戦闘にかりだされ、敵――懐かしい面々ではあるが――の一群を見たとき、忘れようもない白い姿が危なっかしくひょろひょろ歩いていたので、シノンからわざわざ話しかけに行ったのだ。

言いたいことの大部分は文句だったろう。
後衛にいるべき回復役が、こんな前線に出てんじゃねーよ!とか、殺られたらどうするんだ!とか。
今は敵になってしまったシノンだったが、まだまだ子供であるヨファやミスト、そして攻撃手段を持たない(と、シノンは思っている)キルロイまで手にかけるつもりはなかった。

けれど、キルロイは近づいてきたシノンを見て、ぱっと表情を綻ばせた。
キルロイはシノンが帰ってきたのかと思ったらしい。

そんなわけあるか、俺とお前は敵なんだよ、敵。
わかったらさっさと行きな。
それとも何か?俺に殺られてーのか―――
と、シノンはキルロイに矢を向けた。
キルロイは信じられない、といった様子で、笑ったような泣きそうなような複雑な顔をして、冒頭のせりふを言ったのだった。

シノンは顔をしかめた。
かわってねーな、どっかで聞いたなこのセリフは。
相変わらず想像力逞しい…
「…って。」
シノンは自分の中の何かがぷちぷちと切れるのを聞いたような気がした。

「てめー、今まで俺の教えの何を聞いていやがった!!」

うっかり、威嚇のはずの矢から指がはずれそうになる。
怒鳴られて首をすくめたキルロイの頭を、弓のほうで殴ってやろうかと思ったが、瞬間、弓は別の方向から飛んできた矢によってはじかれていた。

「シノンさん久しぶり!どう?僕の弓、上達したでしょう!?シノンさんに教えてもらったおかげだよ!」
ヨファがうれしそうな顔で立っていた。
が、まだヨファの弓はシノンを狙っている。
その道に卓越したシノンには、それが急所を的確にとらえているのがわかった。
「シノンさんが敵でも味方でも大好きなことに変わりないけど。キルロイさんに手を上げようってんなら…殺すよ?」

にっこりとしたヨファの笑顔はなぜか寒々しくて、シノンは背にぞわりとしたものを感じた。






その後は。
思い出すのも腹が立つ。
待ってましたとばかりに現れたアイクにこてんぱんにやられ、あまつさえ情けまでかけられて、こうして生き残ってしまった。
敵に回った自分を、どういうつもりでとどめをささなかったのかわからない。
けれど、アイクは確かに強くなった。
アイクと戦ったとき、彼の中に微かだが、グレイルの姿を見たような気がした。
今のアイクになら…負けてもまあ、いいか。
そんな風に思ってしまう自分にも、腹を立てていた。

ぼろぼろになったシノンをアイクは長城の砦の隅に連れて行き、キルロイに命じた。
「応急処置だけしてやってくれ。ライブは使うな。」
そう言ってにやりと笑う。
「戦いが終わったら、俺がしっかり手当てしてやるから。」
そうしてアイクは再び戦いに戻っていった。

「…意趣返しかよ…ちくしょう、いてーな。」
シノンはうめくように呟いた。
「アイクはアイクの思うところがあるんだよ。」
どことなし楽しそうにキルロイはシノンの手当てをしていた。
アイクに言われたことを忠実に、傷薬も使わないでどんどん包帯を巻いていく。トロい、と思っていたキルロイだったが、傷の治療に対しては手際が良かった。
「致命的な傷はないからね。…これで大丈夫。」
そう言ってキルロイはシノンの横に座り込んだ。
視線は戦場の上にあるが、その場に戻って行こうという意思はなさそうだ。
「お前はいいのか?戻らなくて。」
「うん。残りのデイン兵も少ないし、僕がいなくても大丈夫。知ってるかい、シノン。もうセネリオもライブを使えるんだよ。」
「ふーん。」
知らねーよ、と思いながら、シノンはどうでもよさそうに相槌をうった。
「それに。」
何がうれしいのか、キルロイはしゃべり続ける。
「見てごらん、あれ。すごいだろう?」
キルロイの指差す方向には、大きくて白い、優美な鳥がいた。
「あれはセリノスの王子でね。彼は近くにいる味方の傷を、杖も道具も使わないで治せるんだ。」
いっぺんに四人だよ、四人!すごいね!と、キルロイは指を四本立ててシノンに熱弁した。
熱っぽくセリノスの王子を見るキルロイの目は、傭兵団を離脱する前、ヨファがシノンを見ていたそれと同じだ。
人の傷を癒すことに至上の喜びを感じる、と言っていたキルロイだから、あの白鷺を崇めるように憧れても無理はない。
「じゃあ、お前は今、あの鳥に懐いてくっついて回っているわけだ。」
「ええ?いや、彼に回復のコツとか訊いてみたいことはたくさんあるけど…」
キルロイは気まずそうに首をすくめた。
「怖いからなぁ…」
「?怖い?」

キルロイが言うには、あの王子はベオクを憎んでいる。
いつも怒ったような顔をして、和やかな顔など見たことがない。
ベオクなどに話しかけられたくないというオーラをびしばしと発していて、近寄れない。
嫌がられるだけであろう相手に話しかけられるほど、自分もタフじゃない。
…などなど。

へえ、と適当に返しながら、シノンは意外に思った。
「お前がそういうこと言うとはな。お前にとっては誰でも同じで誰でも平等かと思ってたぜ。」
「まさか。」
キルロイは苦笑した。
「僕だって人くらい見るよ。」
嘘ばっかり、と、シノンは一人ごちた。
じゃあ再会のあれはなんなんだ、どの口でそれを言いやがる、と、シノンは思う。
「そうかそうか。俺のいない間にも人を見る目を養ったか?じゃあ復習するが、俺は悪人に見えるか、善人に見えるか?」
「シノンはいい人に決まってるじゃないか。」
キルロイならそう言うだろうなと予想はしていたが、自信たっぷりに善人認定されて、シノンは少し鼻白んだ。
相変わらずバカなんだなぁと思いつつ、その変わらなさがうれしかった。

「シノンはきっと帰ってきてくれるって信じてた。――お帰り、シノン。」
気づけば目の前にはキルロイの白い手が差し出されている。
どことなくくすぐったさを覚えながら、それでもあえて仏頂面は崩さず――シノンはその手を握ったのだった。



END



BACK


Powered by NINJA TOOLS
inserted by FC2 system