紳士協定
※最初に注意。
ヨファが口が悪いです。ケビンを「お前」呼ばわりしています。
不真面目に描いたので、適切でない描写がいくつか出てきます。
許せる人だけGo!
ヨファには同世代の友達がいなかった。
猛者揃い(若干、そうでないのもいるが)の傭兵団の中で育ったのだから仕方ない。
環境のせいか、どうも年上の人間に甘える傾向が強いのが否めないし、逆に歳のわりに老成しているといえる一部分もあった。
思春期のそういう精神のアンバランスさは、将来への人格形成に悪い影響があるのではないか…
と、ヨファの一番上の兄、オスカーは懸念している。
「せめて、同世代の心許せる友達ができればなぁ…」
オスカーはため息をついた。
そんな兄の心配をよそに、ヨファは今日も元気に、大好きなキルロイのそばをうろちょろしている。
やることはたくさんあったし、遊んでいる暇などなかったが、ヨファにとってキルロイのそばを離れないことは遊びではない。
むしろ、とても大事なことだった。
キルロイには最近、虫が付いている。
傭兵団がまだ少人数だった頃から、温室の花のように大切に慈しんできたキルロイに、ちょっかいを出す男が現れたのだ。
ケビンとかいう、やたら暑苦しくて声のでかい、クリミアの騎士だ。
そのケビンが、「お前のようなお子ちゃまにはわからないだろう」といいたげな、いやらしいギラギラした目でキルロイを見ているように感じたので、ヨファは気が気ではなかった。
と、いうわけで、朝から晩まで、キルロイのそばで虫を追っ払うのに忙しい。
「キルロイさんがまた、まんざらでもなさそうなのがやっかいなんだよなぁ…」
ヨファは苦々しげに呟いた。
ヨファの努力の甲斐あって、ここ数日、キルロイはケビンと顔をあわせていない。
このままキルロイさんがケビンのことを忘れてくれたら、と、ヨファは思った。
万事が好調にすすんでいるとも思った。
しかし。
いつもにこにこと笑顔を振りまいていたキルロイが、このところ沈んだ顔を見せていた。
ひとつ仕事をしてはため息をつき、もうひとつ仕事をしてはため息をつくという塩梅だ。
今日の午後には、ついに空を見上げながら「ケビンさん…」とか呟いていた。
ヨファはだんだん心配になった。
どんどんキルロイの影が薄くなっているような気がしたのだ。
このままキルロイからケビンを絶っていたら、ちょっと餌をやるのを忘れた小動物のように、あっけなく死んでしまうかもしれない。
「キルロイさんはさあ…ケビンのこと、好きなの?」
ヨファは単刀直入に訊いた。
訊かれたキルロイは驚いた。
そりゃそうだ。
丁度、あの暑苦しい赤い鎧の騎士のことで、頭をいっぱいにしていたところだったのだから。
「えっ?どうしたんだい、急に。」
「別に。で、どうなの。好きなの嫌いなの?」
嫌いっていう選択肢はないんだろうなあ、と、ヨファは思う。
だから、キルロイが頬を染めて「好きだよ」と言った時は、驚きもしなかったし怒りもしなかった。
「そう。きっと、すごく好きなんだろうね。」
「そ、そんな、僕は…」
キルロイはますます顔を赤くしてうつむいてしまう。
こりゃ重症だね。と、ヨファは思った。
つける薬なんてない。必要なのは、栄養を与えることだけだ。
「僕は、キルロイさんのことが好きだよ。」
「はい?」
「だから、本当はものすごく悔しいけど、キルロイさんが幸せになるためだったら、なんでもするよ!」
そう言い捨てると、ヨファはその場から駆け出した。
「ケビン!」
午後の訓練を終えてのんびりくつろいでいたケビンは、いきなり背後から声をかけられて驚いた。
しかもこの声は。ケビンが最も苦手とする…
恐る恐る振り向いてみると、やはりそこにいたのは愛しのキルロイのそばでケビンを威嚇しまくっている、ヨファだった。
ケビンはヨファのことを嫌いではない。
キルロイが弟のように可愛がっている少年だ。
いいやつなのに違いない。
ただ、なぜかいつも殺気のこもった目で見られているような気がして、苦手だった。
「ヨファか…オレになにか用か?」
「用なんて大ありだ!」
ヨファは鼻息荒く言った。
「お前、キルロイさんとデートしろ!」
「はぁ?」
ケビンは自分の耳を疑った。
今まではキルロイと同じ部屋の空気を吸うだけでいい顔をしなかったヨファなのだ。
しかし、最初の一言はともかく、今日のヨファはしおらしかった。
「僕だって嫌だよ。僕のキルロイさんがお前なんかとデートするなんて。でも…仕方ないじゃないか、キルロイさんがお前を好きって言うんだから…」
「な、なんだと、キルロイがオレを好きって…?」
しょんぼりしたヨファをよそに、ケビンは一気に有頂天になっていた。
キルロイがオレを好き…
オレを好き…
好き…
そのフレーズが、何度も何度もケビンの頭の中で繰り返される。
「ちょっとっ!聞いてんのかよ!!」
ヨファに思い切り足を踏みつけられて、ケビンは我に返った。
「お、おう。失礼した。それで、ヨファはわざわざ祝福しにきてくれたというわけだな?」
「ちげーよ!この阿呆!」
馴れ馴れしく肩に置かれようとしたケビンの手を、ヨファは荒っぽく跳ね除ける。
「今はまだ僕はキルロイさんには弟としてしか見てもらってないけど、あと何年かしたら、僕はきっとお前より大きくなってキルロイさんも惚れちゃうような立派な男になるんだからな…。でも、今のキルロイさんにはお前しか見えてないから…お前と会えないでいるだけで元気がないから……。仕方ないから、デートをすることを許してやる。」
その時がきたら真剣勝負だな、と、ケビンの瞳がぱっと輝いた。勝負事の好きな男なのだ。
ヨファはケビンが嫌いだったが、その瞳を見て、こいつは信用してもいい奴だ、と思った。
曲がったことはしない男だ。
先に付き合ったのは自分だという事実があったとしても、ヨファがスタートラインに立ったときには「何を今更」など言わず、まっこうから勝負してくるだろう。
「勘違いするなよ、キルロイさんがお前のものになったわけじゃないからな。僕が大人になったらものすごく強くて格好良くなって、お前なんかキルロイさんの視界にもはいらなくなるんだからな。」
「わかっているぞ!今でもヨファはいい男だ!」
わりと心も広いしな、と、ケビンは機嫌がいい。
「しばらくの間、キルロイさんをお前にまかせるけど…わかってるよな?」
「ああ。」
「キルロイさんが嫌がることとか悲しむこととか、絶対にするなよ。もし、キルロイさんを泣かせたら…」
キラーボウを眉間にぶち込むよ、と、ヨファは言った。
…目が本気だった。
うむ、と、ケビンが頷く。
「男と男の約束だな!オレは決してキルロイを悲しませるようなことはしないと、騎士の名誉にかけて誓おう!」
通りすがりの無関係な人間が見たら、何事かと思うだろう。
二人はがっつりと固く手を握り合い、目は閃光が走るほどに真剣に見詰め合っていたのだから。
しかし、この瞬間から二人の関係は単に虫と小姑というものではなくなったのだ。
騎士と少年の間は、紳士協定によってしっかりと結ばれたのだから。
と、ここまでで終われば、「ちょっといい話」だったのかもしれない。
キルロイが何度目かわからないため息をついた。
ヨファのお膳立てもあって、キルロイとケビンは初めてのデートをし、つい先ほど帰ってきたばかりなのだ。
それなのに、キルロイはため息ばかりついて、元気がない。
心ここにあらずといった様子でぼんやりしているし、熱でもあるんじゃないかと思うほど頬が赤くなって、目もうるんでいた。
「キルロイさん!…キルロイさんったら!」
「あ、ああ…ヨファ、何?」
何度目かのヨファの呼びかけに、やっとキルロイが答えた。
「風邪でもひいたんじゃないかって言ってたの!また熱出てるんじゃない?ちょっと測らせてよ!」
「い、いいよ、いいよ。熱はないよ。」
伸ばしてきたヨファの手を、キルロイはやんわりと押しとどめた。
「だって…キルロイさん、帰ってきてからずっと変だよ。ため息ばっかりついちゃってさ。…なんか顔も赤いし。」
「そうかい?」
自分の外的変化に気付いていなかったキルロイは、慌てて手を自分の頬に当てた。
が、…鏡がないので赤くなっているかどうかはわからなかった。
「何かあったの?何かされたの?…ケビンさんに。」
キルロイの前では、ヨファはケビンのことを「さん」をつけて呼ぶ。まあ、今はそんなことはどうでもいい。
キルロイは「何かされた」と「ケビン」の単語に、激しく動揺した。
「なにもっ!なにもないよ!!」
嘘だな。
キルロイは否定したが、ヨファは即座に見破った。
嘘をつきなれていない人間の嘘ほど、わかりやすいものはない。
(ほら、あんなに首筋まで真っ赤になって…)
「なにかされたんだね?ケビンに。何?なにをされたのさ!?」
「なにもないってば…」
「嘘だよ!」
ヨファがじっとキルロイを見ている。まっすぐな視線が、後ろ暗いところのある身に、痛かった。
「・・・・・・・」
子供相手にそういうこと話しちゃって、いいのかなぁ?と、キルロイは思う。
しかし、彼は元々嘘とか隠し事が貫ける性格ではない。
「…実は。」
キルロイはついに話し始めた。
そのころ、ケビンはオスカーを相手に酒を飲んでいた。
誰かに話したくてたまらなかったのだろう。
上機嫌でデートから帰ってきたケビンは、さっそくオスカーをつかまえ、とっておきの酒を餌にして彼を自分の部屋に連れ込んだ。
ケビンは今日のデートがいかに素晴らしかったか、キルロイがどれほど可愛らしかったかをとくとくと語り続けた。
いい酒だったので、ちびちびと飲む。
結構飲んだつもりだが、一向に酔わない。
話の内容が内容だからなぁ…と、オスカーはげんなりしながら思った。
いい酒だからって釣られなければよかった。
なにしろ肴が不味すぎる。時間も酒ももったいない。
オスカーは「へー」とか「ほー」とかどうでもいい相槌を打っていた。
ケビンの話なんか、右から左だ。
ケビンはオスカーの態度はまったく気にならなかったようだった。
返事など最初から期待していない。自分がしゃべりたいだけだ。
そんなに話したければぬいぐるみでも相手にしてればいいのに…と、オスカーは思ったが、そこに気付くケビンでもないだろう。
…でな、……ついにオレたちは……したのだ………
ケビンの浮かれた声が、とぎれとぎれにオスカーの耳に入った。
「え?なにをしたって?」
「ははは!そんなに何度も聞きたいか!!よかろう、何度でもオレは話すぞ!」
ケビンがばしばしとオスカーの肩を叩く。
しまった、興味を示さなければよかった、とオスカーは思ったがもう遅い。
「楽しい一日がすぎ、日も暮れようとしていた頃だ。暗くなる前にキルロイを送り届けなくてはならないとオレは思ったわけだ!初めてのデートだしな!こういうけじめはしっかりさせておくのが騎士道ってもんだろう!…で、オレがそろそろ帰ろうとキルロイに言ったら…!」
ケビンは感極まったように、己のこぶしを握りしめた。
「キルロイがな、寂しそうにオレのことを見たのだ。こう、うるうるっとした目でな!そんな目で見られて、何もせずに帰すのは男としてどうかとオレは思った!貴様もそう思うだろう!?だから、オレはキルロイをぐっと引き寄せて…。ああー!すまない!一人者の貴様には毒な話だったな!わははははは!!」
ケビンは大笑いしながら、机を何度も叩いた。
…酔ってるな。
オスカーは憎々しげにケビンを見た。
顔色はさほど変わっていないものの、いつも以上にハイテンションで騒がしい。
自分はこんなマズイ話を聞かされてちっとも酔えないのに、こいつだけいい気分になって、と、オスカーは面白くない。
その時だった。
「ケ〜〜〜ビ〜〜〜ン〜〜〜〜〜〜!!!」
地の底から聞こえるような低いうなりと、建物を揺るがすような振動が、すごい勢いで迫ってきた。
ドアを破壊せんばかりの勢いで転がるように部屋に入ってきたのはヨファだった。
ケビンは酔っているせいもあって、明らかに普通じゃない様子のヨファを快く迎えた。
「おお、よく来たな。ヨファもオレたちのデートの土産話を聞きにきたのか?」
「黙れ!この変態!」
窓ガラスがビリビリいうほどの大声で、ヨファは一喝した。
「へ、へん…何だって?」
ヨファの剣幕が、ケビンにはわけがわからない。
「わからないのかよ!胸に手をあてて、よーく思い出してみろ!自分がキルロイさんに何をしたか!!」
「なにって…」
ケビンは素直に自分の胸に手を当てた。
今日はキルロイとの初めてのデートで、街に出かけて、ヨファが女の子達から情報を集めてくれた洒落たカフェで昼食をとって(ケビンにはあんまり食べた気がしないメニュー揃いだったが)、いろいろ店を見て歩いて、公園で休んで鳩に餌やって…
そのどれもいちいちキルロイは可愛らしかったな、と、思い出しつつケビンの鼻の下は伸びに伸びた。
「…別に、普通のデートしかしてないが…」
ケビンは首をひねる。
「よく思い出せよ!帰りぎわのことだ!」
「帰りぎわ…は、キルロイが名残惜しそうにオレを見たから…ああ、そのことか。」
「なにがそのことか、だよ。僕はキルロイさんとデートするのは許したけど、そんなハレンチな行為をすることは許してないよ!お、お前はキルロイさんが寂しがるのを利用して、夕闇の中、木の陰にひっぱりこんで・・・・ああ、いやらしい!!」
「ちょっと待て。」
ケビンは慌てた。さっきまでのほろ酔い気分もどこへやら、だ。
「確かにオレはキルロイをそのまま帰したくないと思った。木の陰にもひっぱりこんだ。だが…手 を 握 る という行為は、そんなにいやらしいものなのか?」
ケビンとヨファのやりとりを聞いていたオスカーは、がっくりと力が抜けるのを感じた。
手を握っただと?
そんなことをさっきまで、うれしそーに得意そーにもったいぶってのろけていたのか?
この、バカチンが!
「あたりまえだろ!常識でものを考えろよな!」
ヨファが怒鳴る。
「あの初心で無垢なキルロイさんに欲望丸出しのその手で触れようってところからしていやらしいんだよ!とりあえず手を握っといて、今度はチュウしたり押し倒したり服脱がしたりして、あわよくばその先も…とか思ってるんだろう!この助平!!」
「そんな、オレは、違…」
違う、と言い訳しようとして、ケビンは言葉を飲み込んだ。
ヨファの言うことは何一つ違わなかったからだ。
「しかし、大人の交際っていうのはだな、手も繋がずに一緒に食べたり歩いたりするだけで成り立つもんじゃないんだぞ。」
「じゃあ体目当てってことじゃないか!やめたやめた、やっぱりお前なんかにキルロイさんは任せられないね!」
ぎゃんぎゃんと言い合う二人を、オスカーは意外なものを見るような目で見つめていた。
ヨファはこんなに元気者だったろうか?
言っていることの内容は、子供っぽい愚にもつかないことだが、何一つ隠すことなく、言いたいことを遠慮なしに言っている。
激情に頬を染めてケビンと口論する様は、年相応の普通の少年のようだった。
つまり、そういうことか。
ヨファには同じ年頃の友人が必要なのだと思っていた。
そうすれば、ヨファは自分らしい本来の姿でいられるのではないかと。
同じ年頃にこだわらなくてもよかったのだ。
ヨファの年齢と、同じレベルまで自分を下げてくれる…つまり、精神年齢の低い大人でも。
これはこれで、なかなかいいコンビじゃないか、とオスカーは思った。
オスカーのヨファに対する心配は、誰にも告げぬまま、勝手に自己完結してしまった。
オスカーは二人の怒鳴りあう声をつまみに、グラスに残った酒を口に含む。
「うん、美味い。」
オスカーは満足そうに微笑んだ。
END
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