さんかく


戦闘も進軍もなかったある平穏な日のうららかな昼下がり。
あたしは最近仲良くなった魔道士の女の子、イレースと歩いていた。

この子は儚げな風貌をしていつもよろよろと歩いていて、あー、なんだか体弱そうだなとか守ってあげなきゃな、とか思わせるんだけど、実はすごい曲者なのだ。

なにしろ良く食べる。

彼女の三倍は体が大きいだろうって巨体の持ち主よりよく食べる。

あたしは剣の修行がてら、けっこういろんなところを歩いてきたけど、こんなに食べる人見たのは初めてだった。

そして、よく食べる割に、激しく燃費が悪いのだ。この子。

あんなに信じられないくらい食べるのに、いつもおなかをすかせている。
いつもふらふらよろよろしているのは、体が弱いからではなく(むしろかなり丈夫だった)、単に空腹のせいだった。
伏せられたまぶたの奥で、ハンターさながらに食べ物を探し求める瞳がギラギラと光っている。
口に入ったら何でもいい、人肉以外ならオッケーです、と言わんばかりに獣牙族のひとを見る目もあやしいものだ。

そして、最近なにやら良くない噂も耳にする。
なんていうか…
黙っていれば可愛らしい顔をしているのをいいことに、男性団員たちに食事を奢らせまくっているというのだ。
散々貢いだあげくに、顔も覚えてもらえなかった、と、誰やらこぼしていたっけ…

無論、そんなことがあっても、イレースはあたしの友達だし、病的に食べることやちょっとぼんやりしていて人の顔をなかなか覚えられないことは彼女のせいじゃない。
だから、せめてあたしは彼女がこれ以上人様に迷惑をかけずにすむよう、こうしてできるだけ一緒にいて、まっとうなやりかたで彼女が食料を得られるよう、協力しようと思ったのだ。

食料庫かな?食堂かな?
屑野菜なんかでも煮込めば結構おいしくておなかも膨れるし…

とかなんとか考えながら歩いていると、前方に白い人影が歩いているのを発見した。

キルロイさんだ。

自分の顔がぱっと綻んだのがわかる。
用事があるとき以外で、こんなふうに偶然出会っちゃうのって、なんだかすごくうれしい。

さすがあたしの運命の人!

おーい、って、あたしが手を振って声をかけようかと思ったときだ。
キルロイさんもこっちを見つけて、にっこり笑って小さく手をあげた。

「イレース、と、ワユさん。」

なんですと!?

あたしより先にイレースの名前を呼ぶわけ!?しかも呼び捨て!?
あたしはキルロイさんとイレースの顔を見比べた。
イレースもちょっとうれしそうな顔をして、「こんにちは。キルロイさん」と返事をした。

この子が名前覚えてる!!?
あたしはダブルでショックだった。

あんたたち、いつの間にそんな仲良くなってたわけーーーーー!???

「二人で散歩?イレース、今日は元気なんだね。良かった。」
キルロイさんがすごく優しい目でイレースを見る。
ううううう、ちょっと悔しい。
「散歩じゃないよ!食べ物探しに行く途中なの!」
口を挟んだ後で、しまった、と思った。
それじゃあ、あたしまでよく食べる女みたいじゃないの。
でもキルロイさんにはあたしが単にイレースの付き添いだってわかったみたいで、「ワユさんは優しいんだね」と微笑んだ。

いやいや〜そんなこと〜〜

単純なもので、それだけでさっきまでのむっとした気持ちが治まった。

イレースとキルロイさんが仲良くなったっていいじゃない。キルロイさんはちゃんとあたしのことも見ててくれるんだし!
あたしの顔には余裕と笑みが広がった。

「イレースはキルロイさんと仲良かったんだね。知らなかったよ。」
「そうなんです…この方、優しいんですよ…」
イレースが少しうっとりした顔で言った。
「時々食事を分けてくれるんですよ…」

あたしはぱかっと口を開いた。声はでなかったけど、心の中で叫んだ。

あんたキルロイさんにまでたかっとったんかい!!

ぎゃー嘘やめてこんなただでさえ人より細くて人より栄養とらなきゃぶっ倒れちゃいそうな人の食事を分けてもらうなんて!
信じられない。
もうちょっと相手をよく見て、一食二食抜いても平気そうな肉を蓄えてる人の上前をはねればいいのに!
…って、おなかすいてるときのこの子は、相手の状況なんて見えちゃいないんだろうなぁ…と、あたしはため息をついた。

「私…ちょっとあなたに言いたいことがあって…」
イレースがキルロイさんをじっと見た。
何?
ごはん分けてもらってるお礼を言うの?と、思ったら。
「あなたのくれるごはん、いつも盛りようが少ないんですけど…もうちょっとなんとか
「いやああああああああああああ!」
あたしはあわててイレースの口をふさいだ。
やめてぇぇぇぇそれ以上言わないでぇぇぇぇ!

この子ったらこの子ったらこの子ったら!
あたしは自分のことでもないのに、恥ずかしくて死にそうだった。

「あ…っ、ごめんよ。気が利かなくて。」
キルロイさんが、さも申し訳なさそうに謝っている言葉が、ぐるぐる回るあたしの頭のすみっこに聞こえてくる。

どこまで人がいいんだ、この人…


イレースの底抜けの食欲と底抜けの図太さと、キルロイさんの常識で量れない人の良さを再認識した、あるうららかなの午後の話。



つづく。…かも

うちのキルロイはよそ様とくらべて3割り増しくらい病人ですが、イレースは三割引くらいで普通の人ですね。
本当はモウディ12人前なのよね…いやいや、あれでモウディが小鳥のえさくらいしか食べない小食だったら、意外性たっぷりで萌えるかも。

タイトルの「さんかく」は、なんとなくワユとイレースとでのワユの脳内三角関係を書きたかったのじゃないかと思われます。当時の自分としましては。
もう忘れちゃった。




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