いいひと/わるいひと<前>


「いいか、人は案外見かけで判断できるもんなんだ。」

シノンは眉間にしわを寄せつつ、びしっと言い放った。
まるで睨みつけるように我が目を凝視された勢いに飲まれ、キルロイは反射的に首を縦に振った。






ことの起こりは、一通の脅迫状である。

ある日、ヨファとミストが山賊団に誘拐されるという事件が起こった。
その際に山賊の一味が脅迫状を預けたのが、傭兵団の砦の外をふらふらと散歩していたキルロイだったのだ。

キルロイは預かった手紙を、何の疑いも持たずにティアマトに手渡した。
本人曰く、お礼状かなにかと思ったらしい。

「……悪い人には見えなかったのに…」

キルロイはそう言ったらしいが、山賊討伐に向かった者全員の意見だが、連中は明らかに山賊でございといういでたちで、お世辞にもいい人相だといえそうな人物はいなかった。

その話を酒のつまみに聞いたとき、シノンは顎が抜けるかと思った。

正直、シノンはキルロイのことをバカだと思っていた。
もちろん、学問のことではない。
キルロイは一応、聖書を諳んじるしお経も唱える。低脳であれば神官という職にはつけないだろう。
しかし、世間に出てそんなことが何かの役に立つのかといえば、「否」であるとシノンは思う。
怪我をしたときあっという間に直してくれる治癒の杖は、確かに傭兵団にとってありがたいものとなったが、キルロイ自身の怪我は治せないだなんてばかげている。
人生は自分のために生きろ、というのもシノンの持論だ。
それができない奴はバカだ。

その点、キルロイはシノンに言わせると、もうダメダメだった。

生まれついての病弱というハンデはある。
貧乏村でかつかつの生活をしていたという話も聞く。

が、所詮、愛情いっぱいの両親のもとでぬくぬくと育ってきた苦労知らずでしかないのだ。シノンから見れば。

優しい家族。
純朴で情の深い村人。
そんな中で育ったキルロイは、人を疑うということを知らなかった。そんな必要もなかった。
この傭兵団に入ってからもそれは変わらず、人の話を素直に信じ、あえてちょっとした嘘でからかったときも、あっさりと騙されていた。

それを、バカだというんだ…!

シノンはキルロイを見ていらいらしていた。
人生、うまくやったもん勝ちだ。
「人を見たら泥棒と思え」とはよく言ったものだ。
人より得をしながら生きないといけない。
他人なんてうかうかと信用していたら、絶対に損をする。
…と、いうシノンの信念の真逆を行くのがキルロイだった。

シノンはキルロイは嫌いではない。
バカがつくほど素直だし、人の言うことを熱心に聞くし、なによりそのほんわりとした雰囲気は、ささくれ立ちがちな傭兵団の空気を少し明るくした。
まあ、あんまり緊張感がなくなっても困るわけだが―――
バカな子ほど可愛いというじゃあないか、と、自分の学のなさを棚に上げてシノンは思う。
あれは、いい奴だ。
傭兵団の後輩として、可愛いと思う。

だから、シノンはキルロイが悪意のある嘘に騙されて傷つくところを見たくなかった。






「人は見かけで判断するんだ。悪そうな顔の奴は悪人だ。いいな。」
「…うん。」
キルロイはあんまり気が乗らない様子で返事をした。

エリンシアの護衛としてガリアに向かう道中、シノンは飽きもせず毎日毎日キルロイに教えを説いた。
それは食事中だったり、移動中だったり、戦闘中だったりした。







「じゃあ、あれはどうだ。善人か悪人か。」
シノンはデイン兵を弓で狙いながら言った。
「え、ええ〜?い、いい人?」
「違うね。悪人だ。」
シノンは番えていた弓から指を放した。
弓はデイン兵の額に命中し、兵はのけぞって倒れた。
「あ…」
キルロイは何か言いたげに口を半開きにし、倒れた敵を少し痛ましそうに見つめた。
「殺し合いの場に出てくる奴にいい奴なんていねぇよ。顔を見る必要もない。味方じゃない人間はみんな悪人だから殺ってよし!」
シノンは次の目標に矢を的中させながら言った。
しゃべりながらも目は敵の姿を追い、手はてきぱきと動いている。
キルロイはといえば、まだひどく怪我をしている仲間もいないので、なんとなくシノンの後ろをついていくだけだった。
「でも、ものすごくお金に困って仕方なく兵隊になったとか、なにか弱みを握られて戦場に出るのを断れなかったとかいうひともいるんじゃないかなぁ…」
つぶやくキルロイに、シノンは眉をひそめる。
「想像力豊かだな、おまえは。」
心底嫌そうな顔だった。







「今のはどうだ?」
「………悪い人…」
移動のさなか、シノンとキルロイは顔を寄せ合ってひそひそと話していた。
傍から見れば不謹慎極まりないが、道をすれ違う通行人の人相の話をしているのだ。
本人――主にシノン――にとってはいたってまじめな行為なのだが、良くないことをしている自覚はあるらしく、小声だった。

シノンは軽くキルロイの背中をたたいた。
「お前もだいたいわかるようになってきたじゃないか。」
「…そう?」
褒められてもキルロイは首をひねるばかりである。
このころになるとシノンの言うところの「悪人顔・善人顔」の基準がわかってきたので、シノンが悪い人といいそうだなと思えばそう答えるし、いい人と言いそうならまたしかり。
けれど、実際のところキルロイにはどうしてそれが善人であり悪人であるとシノンが言うのか、よくわかっていない。
が、根が単純なキルロイなので、「見ただけでわかるなんてシノンはすごいなぁ」と大真面目に感心もしていた。
「じゃあな、」
シノンが新しい悪戯を思いついた子供のように笑う。
「俺はどっちの顔だか当ててみな。善人か?悪人か?」
「ああ。」
キルロイはほっとしたように肩を落とした。
これならわかる。
「いい人だよ。」
「ばーか。」
シノンは自信を持って笑顔で答えたキルロイの額を中指ではじいた。
「俺ぁ悪人の顔だよ。覚えてな。この手の顔は自分の利益一番で、すぐ裏切ったりするんだぜ。」
それをいつもの冗談だとでも思ったのだろうか。
キルロイは笑った。
それが真実であるように。
「シノンはいい人だよ。」






ある夜、団長が死んだ。

グレイルに心酔していたシノンとしては、この傭兵団にいる目的を失ったようなものだった。
新しく団長になるだろうアイクに使われることに、抵抗を覚える。
やめてしまおう、と思った。
たとえ今、エリンシアを護衛するという仕事の最中だとしても。
自分の抜けた傭兵団が厳しい戦いを強いられることがわかってるとしても。
そんなことは自分の知ったことではない。

俺の人生だ。俺のいいように生きるさ。

大事な人を失った喪失感の中で、ぼんやりと思う。

ただ、自分が抜けた後、誰があいつのことを心配してやるのか。



それが少しだけ気がかりだった。




END



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